忘れえぬ日中友好
2022年11月5日
一衣帯水
2022年11月5日
中国門礅と一日本人老留学生
作者:岩本公夫

 私は1995年に58歳で、水墨画習得を目的に2年間の予定で、北京語言学院に夫婦留学しました。

 留学半年後1996年2月20日、孔子廟からの帰途、古色蒼然とした四合院の門にこれまで見たこともない黒光りする丸い大きな石を発見しました。美術工芸品に興味のあった私は、引きつけられるように近寄り美しく彫られている模様を写真に撮りました。初めて見た名も知らぬ石彫に強く心を惹かれ、名前や門での役割等を周囲の人々に尋ね回りました。これが“門礅”(mendun)だと知ったのはかなり後の事です。

 留学当時の首都北京は「世界女性大会」が目前で、数年後の「北京オリンピック」を目指して活気に満ちた都市開発が盛んに行われていました。胡同を歩くと四合院の取壊しにともなって、この美しい工芸品がブルドーザーの餌食にされているのをあちらこちらで見かけました。
学院の先生方の話や本からの知識で門礅は北京の貴重な文化財だと思いました。私は日本が明治時代に和服を捨て洋服を選んだ時、和服と共に日本固有の美術工芸品だった“根付”を消滅させた悲しい歴史を思い出し、“門礅”に“根付”と同じ消滅の道を歩ませてはならない!“根付”を消滅させた歴史を知っている日本人の私が“門礅”保存の旗振り役をしなければならないと決意しました。

 そこで留学年数を3年に延長し(妻は予定の2年で帰国)、北京旧城内の大小全部の胡同を自転車で駆け回り、門礅6500余組の「所在地図」を作成、保存価値のある1040余組を撮影、拓本を104枚採り、門礅25組と14個を校庭に収集しました。(学院はこの門礅の展示場として立派な「枕石園」を校内に作ってくださいました。)

 1998年末に学院や各方面の皆様の協力の下、「北京門礅撮影展」を天安門広場の国立中国歴史博物館で開催しました。“数組の門礅”と“胡同や四合院や門礅等の写真”と“北京旧城内の門礅所在地図”を展示しました。この時、解説書《北京門礅》を出版しました。
北京で「門礅は四合院の主人の身分を表す物で、自分勝手に設置できない物だ。」と言われていました。封建体制の強い明清時代の物なので中国全土どこも同じ型をしている物だと私は思っていました。ところがある時友人が西安の門礅写真を見せてくれました。北京の門礅とは雰囲気の違う物でした。早速2001年陝西師範大学に転学し西安と党家村(西安の250km東北)の門礅を見ました。北京の門礅とは大変違っていました。

 では「広い中國の各地の門礅はどうなのだろう?」と気になり各地の門礅を調査することにしました。

 西安調査以後2019年11月まで東北地方・黄河流域・長江流域・東南海沿岸地域・東南アジア諸国など120ヶ所の門礅を撮影・採拓・採寸・書籍での調査をしました。

 私はこの中国各地の門礅調査の結果、門礅は中國固有の貴重な文化財で将来中国の国宝に指定されると思いました。

 そう思った理由は以下の通りです。

①他の国には無い中国固有の門扉開閉建築資材。

②門を飾る石刻美術工芸品。

③家の主人の身分・社会的地位を示す民俗工芸品。

④形・模様・寓意の違いがその土地の特色を示す地方色表示物。

⑤模様が当時の中国人の倫理観や人生観や願望を表し、模様の表現には漢字が一音で多文字を表す特性を生かし、漢字でなくては作れない民俗工芸品。

⑤について以下に例を挙げて説明します。

生きのいい白菜の模様=「発財」で金持ちに成る吉祥図。 何故なら、白菜baicai≒発財facai
左右の門礅に親獅子二匹と子獅子七匹、合計九匹彫られています=「九世同居」 =一族繁栄を表す吉祥図。
蝙蝠が中央に四角い穴の有る古銭を銜えている模様=「福在眼前」 何故なら、蝙蝠は福を表し、銭眼 qianyan≒yanqian眼前です。
如意棒に二個の柿を結び付けた模様=「事々如意」何事も自由に実現する。 何故なら、柿=shi=事です。従って柿二つと如意棒は「事々如意」です。
横にウズラが居る花瓶に稲穂が二本差してある模様=「歳々平安」 何故なら、穂=sui=歳、瓶=ping=平、ウズラ=anchun≒安だからです。

 これらの絵解きが出来るのは私が漢字が読める漢字文化圏の人間だからです。欧米人には理解しがたいでしょう。

 2012年3月これら各地の門礅調査報告書『中国の門礅』(注)を完成し、門礅の重要性PRの為に中国での出版を希望していました。これを北京語言大学助理が知人を通じて国家出版署民間文化保存基金に申請しその選抜推薦を受け、“十二五”国家重点図書に選抜されました。二度出版契約しましたが資金不足とコロナ禍とで出版は現在実現していないのは大変残念です。

 中國に於ける《中国門礅》出版実現で国民の門礅への認識が深められ保存熱が高まるのを期待しています。

 (注)門礅調査報告書

 『中国の門礅』A4版280頁(内容はホームページ「中国の門礅」をご覧ください。)
付録1「門礅所在地図」
付録2「門礅拓本集」
付録3「採寸門礅集」
付録4「門礅の起源と各地の門礅」