私と中国
2022年11月4日
私と中国の出会い〜父の餃子〜
2022年11月4日

私の家族と中国

作者:上垣伸

 私の両親は兵庫県の北部の出身です。母の母は一風変わった考え方の持ち主であったため、周りからは偏屈な変わり者だと思われていたようです。例えば、太平洋戦争末期、連日の連戦連勝が報じられていました。しかし、祖母は毎日上空を飛ぶB29を見るたびに、これが打ち落とせないんやから日本が勝っているわけがない、嘘に決まっていると思っていたそうです。大戦後、日本人は中国から引き上げてくる際、自分たちの子供を捨ててきました。この問題についても祖母は周囲とは異なる確固たる自論を持っていました。中国人は自分達の生活がしんどい中で、日本人が捨てていった子供を育てた。敵の子を育てるなんて、日本人には逆立ちをしたって、絶対にまねできない。本当にすごいことだ。祖母はこのように中国人を高く評価していたそうです。祖母は時代に合わない、早すぎた人だったと叔母の知り合いが叔母と話しているのを聞いたことがあります。

 父の母の姉は戦前家族を養うために、満州で電話交換手として働いていました。父はこの祖母の姉からこのように言われたと言います。中国には信じられないくらい広大な平野が広がっている。空や雲も全然日本のものとは違う。こんな場所に住んでいれば、気性は当然おおらかになるだろうし、些細な物事に対して動じなくなるだろうし、当然、時間や物の捉え方も違ってくるだろう。中国に行けば人生観が大きく変わる。ぜひ一度行ってみるといい。ちょっとしたことで、家族や親せき間であっても足の引っ張り合いが起きる人間関係の中で生きてきた大叔母は、中国人の気質に対して特別なあこがれや敬意を抱いていたのではないかと想像します。

 母は大阪で小学校の教員を退職まで勤めました。彼女は30年余りの教師人生の中で、日本籍あるいは外国籍の中国人児童を多数教えてきました。こういった子供たちは、担任がよほどしっかりアンテナを張り巡らせていないと、どうしても周りの日本人からちょっかいを受けて、精神的に不安的になったり、あるいは粗野な言動が目立つようになったりすると言います。そしてその結果、残念ながら学校生活が難しくなってしまうことが多いということです。母はその点は非常に気を使いながら、学級経営を行っていたと言います。母の教師人生の前半では、中国籍もしくは日本籍の中国人家庭を訪問すると、大学まで引き続き教育を受けさせてから日本で就職させたいという話が、一般的であったといいます。一方、後半になると、日本の小学校に在籍していても、実際には中華学校に通っており、一度も顔を見たことが無い、あるいは小学校を卒業したら、中国に帰るとかオーストラリアに行くとか、事情が変わってきたと言います。だいたいどの家庭でも、祖父母を中心に熱心に中国語の教育を行っていたようです。私自身の人生を振り返ってみると、中国語を目にする機会は漢文の授業を除いてまずありませんでした。当時の私は、漢文は日本語で学習するのが当たり前だと考えていました。しかし、中国語を習っている今現在の私は、中国語のリズムと音の美しさを体験することが、漢詩を勉強する重要な目的であろうと考えます。母は教師人生の最後に北鶴橋小学校に赴任しました。いつものように漢文を教えていたのですが、ある時、指導書に載っていた杜甫(あるいは李白?)の詩を黒板に書いてみたところ、ある中国人児童がその詩を見事に中国語で読み上げてくれたそうです。母はもしかしたらと思って、ちょっと書いてみただけだったらしいですが、本当に美しく流暢に読み上げてくれたようです。その時の驚きと感動は大変大きかったと言います。周りの日本人児童達も、本当にとてもきれいな音だね、すごいね、本当にしゃべれるんだね、等と言って大変感心していたそうです。母曰く、自分がいつも眺めるだけであった漢詩を、長い教師人生の中で初めて、中国語で聞くことができたことが本当に嬉しかった。(勿論本当に正しいのかどうかわからなかったけれども、)そういった音で表現されているのかという新しい新鮮な発見があった。さらに、読んで聞かせてくれたのが、日本人の専門家ではなく、自分のクラスの中国人の児童であったことに本当に感激した。母は国語の研究授業にこの経験を生かすことにしました。この中国人児童に指導書の漢詩だけでなく、教科書にある漢文も読んでもらったそうです。この授業には大変有名な国語指導研究員がきていたようです。彼女も母と全く同じで、初めて中国語で漢詩を聞いて、大変感激したと正直に話したそうです。そしてこういった授業のやり方に大変感銘を受けたと論評したそうです。最後に、児童達に対して次のように熱く語ったそうです。あなたたちにはクラスの中に中国語を話せる友達がいる。これは非常に珍しいことで、みんなは本当に恵まれている。大変貴重な経験ができるあなたたちがとてもうらやましい。